伝聞法則のポイント(立証趣旨と要証事実の関係から)①

 

 伝聞法則について、思考方法を整理できていない人も多いのではないかと思われますので、判例の立場をふまえたポイントをまとめてみました。

 

 

1 伝聞証拠の意味について

 

 伝聞証拠とは、公判廷外の供述を内容とする証拠で、要証事実との関係で供述内容の真実性を立証するための証拠をいいます。

    これは伝聞法則の趣旨である、公判廷外の供述が知覚・記憶・表現(叙述)の過程を経て公判廷に顕出され、その各過程に誤りが混入しやすいため、反対尋問による供述の信用性テストが不可欠であるにもかかわらず、これを為し得ないために原則としてその証拠能力を否定するという点から導かれます。

 すなわち、要証事実に照らして内容の真実性が問題にならない場合、例えば、その供述の存在自体が要証事実となる場合等においては、知覚・記憶・表現(叙述)の過程を経ないため、供述の信用性テストが不要となりますので、反対尋問を経ていないからといって証拠能力を否定する理由がないということになるからです。

   なお、供述時の精神状態に関する供述の場合には、供述内容の真実性が一応問題になるものの、知覚・記憶の過程を経ていませんので、その趣旨に照らして伝聞証拠に当たらないと考えられています。

 

2 立証趣旨と要証事実の関係について

   

⑴ 立証趣旨の拘束力

 

 伝聞証拠の定義のうち最も重要なのは「要証事実との関係で」という点です。

   ある供述証拠が伝聞証拠であるか否かを検討するにあたっては、要証事実が何か確認する必要があり、要証事実を検討せずして伝聞証拠を論じることはできません。

 刑事訴訟法189条1項において、証拠の取調べを請求する当事者は、証拠と証明すべき事実との関係を具体的に明示しなければならないと定められています。これを立証趣旨と呼びます。

   立証趣旨と要証事実とが一致するかというと、必ずしもそうとはいえません。というのも、裁判官は、当事者が明示する立証趣旨に拘束されることなく証拠の証明力の評価をして良いとされているからです(刑事訴訟法318条、自由心証主義)。裁判官は、当事者の明示した立証趣旨に拘束されないことになります。

   この点については諸説あり、不意打防止や当事者主義に照らして立証趣旨の拘束力を肯定する説もあります。しかし、最高裁平成17年9月27日決定(刑訴百選第9版86番、以下「平成17年決定」といいます。)では、犯行再現を内容に含む実況見分調書等について、「実質において再現されたとおりの犯罪事実の存在が要証事実になるもの」と判示し、立証趣旨とは異なる要証事実を認めていますので、否定説に立つものと思われます。

   加えて、平成17年決定の調査官解説では、「実質的な要証事実を判断基準にしているが、証拠能力の関係では常に実質的な要証事実を吟味することが必要であるとしているわけではなく」「当事者が設定した立証趣旨をそのまま前提にするとおよそ証拠としては無意味になるような例外的な場合に、実質的な要証事実を考慮する必要があるという趣旨と解される」と説明されています。

 つまり、裁判所としては、立証趣旨の拘束力を否定するものの、そのまま前提にすると証拠として無意味になるような例外的な場合にのみ実質的な要証事実を考慮する必要があるという見解に立つものと思われます。

 

⑵ 立証趣旨の合理性の検討方法

 

 実質的な要証事実を考慮する必要のある場面、つまり証拠として無意味になるような場合とはどのような場面をいうのでしょうか。この点については、以下のような思考方法によるものと理解しています。

   平成17年決定の場合、被告人が電車内で隣に座った女性の臀部を触ったという事案でした。その方法は、被告人が右手を座席シートに沿って電車の揺れに任せて女性の臀部の下部へと滑り込ませるというものです。他方で、問題となる実況見分調書では、「警察署の取調室内において」「並べて置いた2脚のパイプ椅子」にて犯行を再現したものとされています。この実況見分調書について立証趣旨は「犯行再現状況」とされていますが、犯行方法自体は若干特殊で再現の必要性があると思われるものの、その再現方法についてみると、電車内でなく警察署の取調室内で並べて置いた2脚のパイプ椅子を用いたというものですので、振動の有無、シートの構造上の一体性の有無、座高の高低、座面の滑りやすさ(ビニール生地であるのか滑りやすい起毛生地であるのか)も全く異なる状況であり、物理的可能性の吟味検討の要素がありません

 そうすると、犯行再現状況を立証したところで証拠としては無意味と言わざるを得ませんので、立証趣旨とは異なる実質的な要証事実を考慮する必要があるということになります。

 つまり、①犯罪内容と構成要件、②公判の状況に照らした立証の必要性、③証拠の証明力を考慮要素とし、証拠として無意味になるか否かを検討する必要があると思われます。

  

⑶ 実質的な要証事実の検討方法

 

 実質的な要証事実の確定はどのように考えればよいでしょうか。既に検討したとおり、立証趣旨をそのまま前提にすると証拠として無意味になる場合に実質的な要証事実を検討する必要がありますので、要するに、証拠として意味をもたせるためにはどのような要証事実を設定すればよいか検討することになります。

   平成17年決定の場合には、実況見分調書のうち犯行再現部分が証明力をもつのは、犯行再現状況ではなく、被害者による犯行状況それ自体であるといえます。そうすると、要証事実を犯行状況と考えることで証拠に意味をもたせることができますので、要証事実は「犯行状況」ということになります。

   つまり、立証趣旨をそのまま前提にした場合について検討したのと同様に、①犯罪内容と構成要件、②公判の状況に照らした立証の必要性、③証拠の証明力を考慮要素として、実質的な要証事実を検討することになると理解できます。

  

⑷ 小括

 

 以上をふまえて平成17年決定の結論を確認すると、実況見分調書については、当事者の設定した立証趣旨を前提とすると証拠として無意味となるため、立証趣旨に拘束されず実質的な要証事実を検討した結果、犯行状況それ自体を要証事実とするものであり、犯行状況という要証事実との関係では実況見分調書に含まれる動作による供述の内容の真実性を立証するものといえます。そうすると、実況見分調書に含まれる動作による供述が、伝聞証拠であるということができるのです。 

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伝聞証拠検討フローチャート

3 まとめ

 

 以上を次の3点にまとめることができます。

 

 

⑴ 伝聞証拠の定義

 

 伝聞証拠とは、公判廷外の供述を内容とする証拠で、要証事実との関係で供述内容の真実性を立証するためのものをいいます。

 ∵ 伝聞法則の趣旨

 

⑵ 立証趣旨と要証事実の関係

 

 立証趣旨の拘束力を否定するが、当事者の設定した立証趣旨を前提にすると証拠として無意味になるような例外的な場合にのみ実質的な要証事実を考慮する必要があります。

 ∵ 当事者主義、不意打ち防止

 

⑶ 要証事実の考慮要素

 

 立証趣旨と要証事実については、①犯罪内容と構成要件、②公判の状況に照らした立証の必要性、③証拠の証明力を考慮要素として検討します。

 

平成30年5月30日追記

平成17年決定と関連する記事を投稿しました。

 tangleberry.hatenablog.com

 

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