伝聞法則のポイント(平成27年決定での要証事実の認定方法)②

以前に投稿した伝聞法則の記事では、平成17年の最高裁決定を中心に実質的な要証事実の分析手法を説明しました。

 

tangleberry.hatenablog.com

 

この記事に関連し、最高裁平成27年2月2日決定(以下「平成27年決定」といいます。)では、検察官の設定した立証趣旨とは異なる要証事実が認定されましたのでご紹介します。これは平成17年決定の流れを汲む決定と理解して差し支えないでしょう。

 

 

平成27年決定の内容

 

 

平成27年決定では「上記捜査状況報告書の証拠能力について検討すると、記録によれば、同報告書は、警察官が被害者及び目撃者に被害状況あるいは目撃状況を動作等を交えて再現させた結果を記録したものと認められ、実質においては、被害者や目撃者が再現したとおりの犯罪事実の存在が要証事実になるものであって、原判決が、刑訴法321条1項3号所定の要件を満たさないのに同法321条3項のみにより採用して取り調べた第1審の措置を是認した点は、違法である」と判示しました。

この事案では、検察官が、被害者と目撃者に動作をまじえて状況の再現をさせた様子を撮影した写真を撮影状況や指示内容に関する説明付きで添付された捜査状況報告書(以下「本件各書証」といいます。)について、「被害者指示説明に基づく被害再現状況等」あるいは「目撃者指示説明に基づく犯行目撃状況等」を立証趣旨として、証拠調べ請求しています。これに対して弁護人は不同意意見を述べ、作成した警察官の証人尋問が実施されました。第1審では、裁判所は、これらの報告書を検察官の立証趣旨のまま刑事訴訟法321条3項のみにより採用して取り調べました。

判例タイムズ1413号101頁では、「再現内容の真実性を離れた、例えば、物理的可能性の検討といった別の証拠価値を有するものとはうかがわれないことなどを考慮し、実質においては、再現されたとおりの犯罪事実の存在が要証事実になるものであり、刑訴法321条1項3号所定の要件が満たされる必要があると判断されたものと解される。」と説明されています。

 

平成27年決定の事案

 

 

具体的にはどのような事案だったのでしょうか。

平成27年決定の事案は「被告人が、自動車に乗車していた高松港管理事務所の職員に対し、助手席側窓から車内に腕を入れて同人の胸倉を掴むなどの暴行を加えたという公務執行妨害」事案であるとされています。これに対して弁護人は暴行の事実を否認し、公務員であることを認識していなかったとして無罪を主張しました。

暴行の事実を否認するに際しては、「⑴被告人は、身長一五五センチメートルであり、助手席の窓を約一五センチメートル開けた状況では、被告人の手が助手席に座っている被害者の胸倉まで届かない、⑵被害者とBは、本件犯行について、被告人が左右どちらの手を差し入れてきたか、どちらの手で胸倉を掴んだか分からないと供述するが、被害者は助手席で、Bは運転席で、被告人の手が被害者の胸倉を掴むのをそれこそ目と鼻の先で見ているのであるから、その手が左右どちらであったかわからないなどということはあり得ない、⑶本件各書証では、被害者もBもどちらの手が差し入れられたか分からないと指示説明しているのに、その再現では左手だけの写真が添付されており、また、被告人役の警察官は、被告人よりも明らかに身長が高いのであるから、その再現は出鱈目というほかなく、その証拠価値は全くない」等の主張を行いました。

これに対して、控訴審は、「⑴の点は、被告人が犯行を再現した状況が写真撮影されており、それらによれば、被告人の手が助手席に座っている被害者の胸倉にまで届かないように見えるが、原判決も説示するとおり、被告人の立ち位置によっては、被害者の胸倉まで手を伸ばすことは十分に可能であると認められ、被告人において、本件犯行が不可能であったということにはならない。⑵の点も、原判決が説示するとおり、一瞬のことで左右どちらの手であったか分からなかったとしても不自然ではなく、また、被害者とBが虚偽供述をするのであれば、どちらの手で掴んだのかという点は容易に口裏合わせができるものと思われるのであり、被害者及びBが、どちらの手で掴んだか分からないと供述する点は、被害者及びBの各供述の信用性を高めこそすれ、その信用性を揺るがせる事情ではない。⑶の点は、原判決は、本件各書証を証拠の標目の項に掲げておらず、有罪認定の証拠として用いていないことが明らかであり、本件各書証によって原判示事実を認定したものではなく、原判決の事実認定を攻撃する主張としては意味がない。」と判示しました。

 

平成27年決定の分析

  

弁護人の物理的に犯行が不可能であるという主張に対し、控訴審は、被告人の立ち位置によっては被害者の胸倉まで手を伸ばすことが可能であると結論づけています。控訴審としては、本件各書証がこの点で物理的な犯行可能性を検討するために証拠価値があると判断したのかもしれませんが、明示されていません。文章からすると、寧ろ、被告人による犯行再現写真により物理的に可能であると事実認定しているように読めます。

更に、被害者と目撃者は被告人のどちらの手で胸倉を掴まれたのかという点について分からないと供述しています。他方で弁護人の主張によれば、本件各書証では左手だけの写真が添付されていたこと、被告人役の警察官は被告人よりも明らかに身長が高かったとされています。

そうしますと、本件各書証は、せいぜい「そこに居た人間によってどちらの手か分からないが被害者が胸倉を掴まれたこと」の真実性の有無を立証するものとしてしか意味をもたせることができません。「左手ならば可能であった」という点で物理的な可能性を裏付けるものとも考えられますが、最高裁としては「被告人役の警察官は被告人よりも明らかに身長が高かった」という事実からして、その点に関しても証明力がないとしたのではないでしょうか。助手席の窓の15cmの隙間から胸ぐらを掴むことが物理的に可能であるか検討するためには、被告人の体型や身長に近い者が、左手と右手の場合を両方試さなければならないと考えます。

このように検討しますと、平成27年決定は、証拠の証明力からして物理的可能性の吟味検討の要素がなく、検察官の設定した立証趣旨を前提にすると証拠として無意味になるとして、結局のところ、「そこに居た人間によってどちらの手か分からないが被害者が胸倉を掴まれたこと」、つまり犯行事実自体の真実性の有無が要証事実になると判断したものと考えます。

 

以上のように、具体的な要証事実を検討するにあたっては、①犯罪内容と構成要件、②公判の状況に照らした立証の必要性、③証拠の証明力を具体的に検討しなければならないことがお判りいただけたかと思います。

 

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