共有特許権の共有物分割請求と不実施補償料
特許権が共有である場合、共有権者の1人は他の共有権者に対し、共有物分割請求(民法256条)を行使することが可能です。特許登録令33条において、特許原簿に分割禁止契約を記載することが可能であると定められていることからも、分割そのものは禁止されていないことが裏付けられています*1。
特許権は無体財産であり物理的分割ができず、例外規定がない限り、不可分一体とされていて、請求項ごとの分割もできないため、代償分割による他ありません。代償分割による場合、特許権の価格を算定し、持分割合に応じて支払うよう請求することが可能です。
そうすると、専ら特許権を実施して利益を得ていた共有権者が、突然、共有権者から高額な代償分割を請求される恐れがあることになります。
対応方法として不分割特約を付すことが考えられますが、民法256条1項但書により5年間に限定されてしまうという問題点があり、完全に共有物分割請求を排斥することはできません。そこで、例えば分割方法の対価の算定方法を契約段階で定めておくという手法も考えられるという指摘があります*2。
もっとも、当職が裁判所から聞き及んだところによれば、共有物分割請求訴訟が提起された事例がないとのことであり、共有物分割請求の存在自体が意識されていないのが実情です。なぜ意識されていないかといえば、共有権者は、特許権の全てを利用して利益を得ることが可能であり(特許法73条2項)、有限の市場を奪い合う競争関係にあるという点を除けば、共有権者同士が限りある共有物を取り合うという関係に立たないという背景があります。契約書や和解条項で対処すると、かえって示唆を与えることになり不適切と思われ、現状、この点をリーガルチェックで意識する必要はないと考えます。
ところで、暗黙のうちに共有物分割請求が意識されていると指摘されている場面があります。それが「不実施補償」です。
企業と大学が特許権を共有している場合に、企業が大学に対して不実施補償として金員を交付することがあります。その法的な裏付けとなるのが、共有物分割請求であると論じられています*3。
不実施補償は、共有物分割による代償分割と同様の効果をもたらすとされています。この考え方に従うと、仮に共有物分割請求を行使した場合、理論的には、将来得られる不実施補償料と同価値かこれよりもやや低額になるはずであり、不実施補償料はこれをふまえて算定されなければならないことになります。