自然血縁関係と父子関係

凍結受精卵と父子関係に関する報道

 

大阪高等裁判所は、平成30年4月26日、男性の妻が凍結保存していた受精卵を男性に無断で利用して子を出産したことを受け、男性が提起した親子関係の不存在確認訴訟の控訴審において、男性の請求を却下した奈良家裁の一審判決を支持し、男性の控訴を棄却しました。

この件に関しては「凍結受精卵で出産、2審も「父子でない」認めず」(読売新聞)といったミスリードな題名の記事が多く、一切争うことができないのかと驚いた方も多いのではないかと思います。判決文にあたることができていないため、理由の詳細は不明ですが、従前の最高裁の見解もふまえると、①嫡出否認の訴えによって父子関係を否定することは可能であるものの、②親子関係不存在確認訴訟という手法によっては父子関係を否定することはできないと判示したものと推察します。つまり、男性に「父子でない」という主張の機会が認められなかったという判決ではないと思われ、この点で記事の題名はミスリードと考えます。 

 

 

法律上の親子関係の決定方法

前提として、親子関係がどのように決定されるのかを確認しましょう。

法律上の親子関係は、自然血縁関係が存在するときに当然に成立すると言われています。母子関係についていえば、ある女性が子を分娩したという事実が存在すれば、普通は母子関係が存在することが明らかです(最高裁判決昭和37年4月27日民衆16巻7号1247頁)。民法はこれをあまりにも当たり前の事実と考えて、わざわざ条項を設けませんでした。遺棄された子など、分娩という事実が確認できない場合のために、民法779条で母親が非嫡出子を認知することができる旨が定められているにとどまります。

問題となるのは、父子関係です。誰が父親であるのかという問題は、DNA鑑定が一般的になった現代でこそ、比較的容易に判断することが可能になりましたが、民法制定当時には血液型さえも知られていませんでしたので、その判断は不可能でした。そして、仮に養育費の請求等を行う場合に、子や母親が父子関係の立証を行わなければならないとすれば、常に敗訴することとなり、子の福祉が蔑ろになる恐れがありました。

そこで、民法772条1項は「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」と定めました。その背景には、夫と妻の間には継続的な肉体関係があることが一般的であり、妻は貞操義務が課せられているため、妻が懐胎した場合は夫が子の父親である蓋然性が高いという事情があります。

 

父子関係の争い方

 

他方、民法774条は、「第772条の場合において、夫は、子が嫡出であることを否認することができる。」と定め、訴えの方法により(民法775条)、父親から父子関係を争う手段を認めています。しかし、この嫡出否認の制度が存在することにより、子は極めて不安定な地位に置かれることになります。そこで、子の福祉のため、嫡出否認の訴えに期間制限を設け、夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならないと定められました(民法777条)。

この期間を過ぎると全く争うことができないという訳でもありません。そもそも、民法772条1項による推定が及ばない場合には、親子関係不存在確認訴訟により争うことができるのです。

推定が及ばない子というのは、妻が懐胎した時期に全く肉体関係がなかった場合(在監中、失踪中、性行不能等)の子のことをいいます。民法772条1項の推定規定は、あくまでの肉体関係が存在していたことを前提としています。そうすると、全く肉体関係が無かった場合には、推定が及ばず、民法772条1項の適用を受けません。判例も、推定が及ばない子について親子関係不存在確認訴訟を認めています(最高裁判決昭和44年5月29日民集23巻6号1064頁、最高裁判決昭和44年9月4日判例時報572号26頁)。親子関係不存在確認訴訟の場合、訴訟提起の期間制限はありません。

ここまでの話をまとめると、父親は、①出生を知ったときから1年以内に嫡出否認の訴えを提起するか、②1年を超えている場合で、推定が及ばない場合には、親子関係不存在確認訴訟を提起することができます。

 

自然血縁関係が存在しない場合における親子関係不存在確認の許否

 

DNA鑑定等により自然血縁関係の存在が否定される場合、嫡出否認の訴えにより父子関係を否定することが可能です。

他方、親子関係不存在確認訴訟では、DNA鑑定等により自然血縁関係の存在が否定される場合であっても父子関係を否定することはできないとする最高裁判例が存在します(最高裁判決平成26年7月17日集民247号79頁)。この最高裁判例では、次のように判示しました。

民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認するためには、夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし、かつ、同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは、身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる(最高裁昭和54年(オ)第1331号同55年3月27日第一小法廷判決・裁判集民事129号353頁、最高裁平成8年(オ)第380号同12年3月14日第三小法廷判決・裁判集民事197号375頁参照)。そして、夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり、かつ、子が、現時点において夫の下で監護されておらず、妻及び生物学上の父の下で順調に成長しているという事情があっても、子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから、上記の事情が存在するからといって、同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず、親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。このように解すると、法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることになるが、同条及び774条から778条までの規定はこのような不一致が生ずることをも容認しているものと解される。 もっとも、民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について、妻がその子を懐胎すべき時期に、既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には、上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから、同法774条以下の規定にかかわらず、親子関係不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当である(最高裁昭和43年(オ)第1184号同44年5月29日第一小法廷判決・民集23巻6号1064頁、最高裁平成7年(オ)第2178号同10年8月31日第二小法廷判決・裁判集民事189号497頁、前掲最高裁平成12年3月14日第三小法廷判決参照)。しかしながら、本件においては、甲が被上告人を懐胎した時期に上記のような事情があったとは認められず、他に本件訴えの適法性を肯定すべき事情も認められない。」

この最高裁判例には金築誠志裁判官と白木勇裁判官の反対意見も付されています。

補足意見でも述べられているとおり、生物学上の父子関係を重視するという考え方にも理解が示されていますが、民法772条1項は「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」と定め、父子関係を確定することが不可能であった時代に子の地位を不安定にしてはならないということを極めて強く要請しながらも、嫡出否認の訴えという手法により極めて限定的な場面でのみこれを覆すことができるという考え方が採用されています。そうすると、「推定の及ばない子の法理」のように「解釈」によって変更することは極めて困難です。

最高裁判所は、このような葛藤の中で、親子関係不存在確認の訴えによって争うことができないと判断したのです。

このような背景をふまえると、前掲の大阪高等裁判所の判決も、①嫡出否認の訴えによって父子関係を否定することは可能であるものの、②親子関係不存在確認訴訟という手法によっては父子関係を否定することはできないと判示したものと推察することができます。そして、その基本的な考え方は、最高裁判所の考え方に従っているものと思われます。

 

私個人の考えとしても、解釈の限界を超えているため国民全体での議論を経たうえで立法的に解決されるべき問題であり、結論の妥当性が損なわれているとしても、立法の怠慢ゆえに司法が非難される問題ではないと考えています。

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