平等院の鳳凰堂にまつわる販売差し止め請求について

平等院鳳凰堂を撮影した写真を使用したパズルの販売元会社に対し、平等院京都地裁に販売差し止めなどを求めて訴訟提起した旨が報道されています。

 

 

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鳳凰堂は10円玉にもデザインされた世界遺産です。法律家としては非常に難しい問題であると考えます。差し止めを求めるためにどのような法的構成が考えられるか、検討したいと思います。
なお、この事件に関して記録を閲覧している訳ではありませんので、全て報道等に基づく推測であることを御了承ください。

 

 

パブリシティ権侵害構成は不可

 

芸能人等については顧客誘引力を保護するためのパブリシティ権が認められることがありますが、物についてはパブリシティ権が認められないと考えられていますので(ギャロップレーサー事件・最高裁平成16年2月13日判決)、この構成を採ることはできません。

 

著作権侵害構成は場面次第

建築物の著作権は保護期間が過ぎている


建築物が「客観的、外形的にみて、それが一般的住宅の建築において通常加味される程度の美的創作性を上回り、居住用建物としての実用性や機能性とは別に、独立して美的鑑賞の対象となり、建築家・設計者の思想又は感情といった文化的精神性を感得せしめるような造形美術としての美術性を備え」ている場合には、建築の美術(著作権法10条1項5号)に該当すると考えられています(グルニエダイン事件・大阪高裁平成16年9月29日判決)。平等院鳳凰堂は、極楽浄土と阿弥陀如来を歓想するために造られたとされ、その優雅な世界観が反映された造りからすれば、建築の美術に該当することは疑いようがありません。しかしながら、鳳凰堂が建立されたのは1053年であり、著作権の保護期間を優に過ぎています。したがって、純粋に建築の美術に該当するとして著作権侵害を主張していることは考えにくいでしょう。

 

ライトアップの著作権侵害は夜間ならばあり得る


ライトアップの著作権侵害を主張している可能性があります。例えば、エッフェル塔の設計者であるギュスターヴ・エッフェルは、1923年12月27日に亡くなられ、現在、著作権が切れているため自由に撮影して公開することができます。他方、夜間のエッフェル塔には照明が施されているため、ライトアップに著作権が存在するとして、夜間の写真を使用するためには事前の許諾が求められています。このように、ライトアップに著作権が存在するという論法で著作権侵害を主張していることが考えられます。もっとも、夜間の平等院の照明を確認した限り、創作性を認めるに足るライトアップであると評価できるか疑義があります。また、昼間の鳳凰堂の写真使用を差し止めることはできないという問題があります。

 

契約違反構成は定め方次第

単なる撮影禁止だけだと効果は限定的


境内に入る際に締結する契約に違反したと主張していることも考えられます。拝観料を納める際の窓口に拝観規約等が掲げられ、この規約で「営利目的での撮影を禁止する」「無断撮影した写真は差し止めることがある」等が明確に定められている場合には、拝観者、すなわち契約者に対して、営利目的の撮影を禁止する旨の契約上の効力を及ぼすことができ、違反した場合には契約違反の責任を追求することができます。
もっとも、契約の効力が及ぶのは、契約を締結した当事者である拝観者のみです。拝観者と販売元が異なる場合、販売元は契約締結当事者ではありませんので、効力が及びません。したがって、効果の及ぶ人的範囲が限定的であるという問題があります。

 

規約により撮影者の著作権の贈与を受けてしまえば第三者に差し止めを請求できる


少しトリッキーな方法ですが、規約に「拝観者は、平等院に対し、境内で撮影した写真の著作権著作権法第27条及び第28条の権利を含む)を全て無償で譲渡する。」「平等院は、拝観者に対し、拝観者が境内で撮影した写真について、非営利目的に限り使用を許諾する。」と定めることが考えられます。
この場合、平等院は、譲渡を受けた著作権に基づいて、契約当事者である販売元に対して著作権侵害を主張し差し止めを請求することができます。なお、拝観に関する契約が消費者契約にあたる場合には消費者契約法が適用される可能性がありますが、営利目的で撮影に訪れた拝観者であれば、「消費者」には当たらないことが殆どではないかと思います。
但し、撮影者が第三者著作権を二重譲渡し、当該譲渡について文化庁に登録した場合、第三者著作権の取得を平等院に対抗できてしまう(著作権法第77条)という抜け道があります。この場合、平等院は、契約を締結した当事者である拝観者に対する責任追及しかできません。

 

不正競争防止上の著名表示冒用構成

 

不正競争防止法2条1項2号に定められた著名表示冒用に当たる場合、メーカーに対して差し止めを求めることができます(不正競争防止法3条各号)。ここでのハードルは、鳳凰堂の外観が「商品等表示」に当たるかという点です。当たるとすれば、鳳凰堂が高度の具体的識別力と知名性のある「著名性」を有することに争いはないと思われます。
商品等表示とは、「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するもの」をいいます(不正競争防止法2条1項1号)。鳳凰堂は唯一無二の建築物であり、平等院にとっていわば「顔」であることからすれば、その主体を表示していると評価することも可能であると考えます。しかしながら、宗教法人の宗教活動は、不正競争防止法上の「営業」には該当しないという最高裁判例天理教事件・平成18年1月20日第2小法廷判決)が存在します。不正競争防止法は、事業者間の公正な取引秩序を形成して公正な競争を確保するための法律ですので、市場経済とかかわりのない宗教活動に適用することは適当でないという判断です。
したがって、平等院が宗教法人であることから不正競争防止法上の著名表示冒用構成を採ることも困難です。

 

宗教上の人格的利益侵害構成

 

宗教上の人格的利益を侵害しているとして、秘仏の写真を使用した書籍や商品等の頒布の差し止めや廃棄の請求を認容した最近の裁判例徳島地方裁判所平成30年6月20日判決・判例時報2399号78頁)が存在します。しかし、この裁判例は侵害の態様や違法性の程度が重い事案に関するものですので、単に規約で禁止しているというだけでは同様の判断にはならないと考えます。

以上の次第ですので、平等院側にとっては非常に難しい訴訟になると予想されます。