忘恩行為による贈与の撤回

贈与の撤回の可否

 

贈与契約は諾成契約であるものの、書面によらない贈与、つまり口頭で贈与の約束をしても贈与者はいつでも撤回することができます(民法550条)。しかし、既に履行された部分については撤回できません(民法550条但書)。そうすると、口頭で贈与すると約束した目的物を実際に受贈者に渡してしまってから「やっぱり返して欲しい」と主張することは許されないのが原則ということになります。しかし、次のとおり、書面による贈与である場合や、さらに履行が終わった場合であっても、例外的に撤回できることがあり得ます。

 

忘恩行為による贈与の撤回

 

そもそも、贈与する背景には、何らかの情宜関係が存在するのが通常です。そうすると、受贈者が、その関係性を破壊するような行為に及んだ場合、贈与者の側から贈与を撤回することや解除することがあります。このような関係性を破壊するような行為を「忘恩行為(ぼうおんこうい)」とか「背信行為」といいます。

忘恩行為が存在する場合、諸般の事情に照らして信義則や条理を用いて贈与の撤回を認めた裁判例があります。

例えば、新潟地裁昭和46年11月12日判決下級裁判所民事裁判例集22巻11~12号1121頁では、「思うに贈与が親族間の情誼関係に基き全く無償の恩愛行為としてなされたにも拘らず、右情誼関係が贈与者の責に帰すべき事由によらずして破綻消滅し、右贈与の効果をそのまま維持存続させることが諸般の事情からみて信義衡平の原則上不当と解されるときは、諸外国の立法例における如く、贈与者の贈与物返還請求を認めるのが相当である。」と判示し、「本件土地の贈与は…何らの負担もなく原告が被告との縁組を契機に実質的な養親子関係が形成されることを期待してなした無償の恩愛行為であるところ…原・被告間には嘗て一度もそのような実質が形成されたこともないまま破綻に至り現在双方が縁組の消滅を希望し、然もその破綻について贈与者である原告の側に主たる有責の事実があるとは認められず、更に本件土地は第一の一、二に認定のとおり原告が昭和二六年、当時誰も利用していなかった池沼の一部を自己の労力と費用で埋立て造成した宅地であり、爾来今日迄原告の生活の基盤として使用されているものであることなど諸般の事情を考慮すれば、本件土地贈与の効力をそのまま存続せしめることは信義衡平の原則上相当ではない」として請求を認容しました。

東京地方裁判所昭和50年12月25日判決判例時報819号54頁では、「贈与が、親族関係ないしはそれに類する継続的な特別の情宜関係に基づいてなされたに拘らず、右情宜関係が、受遺者の背徳的な忘恩行為によって破綻消滅し、ために贈与者が、右贈与なかりせば遭遇しなかったであろう生活困窮等の窮状に陥いり、右贈与の効果を維持することが諸般の事情に照らし条理上不当と解されるような場合には、贈与の撤回ができると解するのが相当である。」と判示し、「前記贈与の基礎となっていた情宜関係が、被告の非情極まりなき忘恩行為によって完全に破綻消滅し、ために老後を被告に託しその全財産を贈与して生活基盤を失っていた松子は、たちまちのうちに生活危難に陥り、嘗つては村一番の資産家の未亡人の身から転じて生活保護を受けざるを得ない立場に陥ったものであって、かかる場合には、松子に、前記贈与の撤回権が発生し、贈与の目的物の取戻ないし撤回権行使の時点における価格の返還請求ができるものと言うべきである。」として請求を認容しました。

学説上も、一定の場合に贈与の撤回又は解除を認める傾向にあり、負担付贈与と理解して負担不履行の解除を認めるもの、信義則により修正を認めるもの、事情変更原則を用いるもの等が存在するようです。

内田貴教授は、受贈者に忘恩行為があった場合や、財産状態の悪化が生じた場合にも履行前の撤回を認めてよいとし、履行後でも相続や遺贈を受けられなくなる欠格事由に相当するような場合には撤回を認めるべきと論じています(内田貴民法Ⅱ』第2版160頁)。

 

このような忘恩行為と評価できる事情が存在する場合には、贈与の効力を争うことができるか、検討する必要があります。

 

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